カナダ トロント より
皆さま、こんにちは。
2000年の終わりにトロントに来て以来、仕事と勉強の両立に追われてトロントのこともカナダのこともまだほとんど何も知らない状態ですが、大した違和感もなく暮らしております。
エイボン川
じつは、インドネシアのロンボク島に私のチャイルドはいたのですが、私がカナダに移住する時にちょうど島でのプロジェクトが終わりました。今度はカナダ人のペアレントとしてまたFPに参加するつもりでおります。
私自身はこちらの生活に慣れるのに大して苦労してはおりませんが、もちろんこれは誰にでも当てはまることではないようです。 この私にしましても愛するカナダで、多少のおもしろおかしい辛抱は致しました。 以下はその生活の一端です。
インクの出ないボールペン、ふたの開かない瓶ジュース、電話のかからないテレホンカード、コーヒーが出てこないでお湯だけ出てくる自販機、賞味期限切れの牛乳等々、数えだしたらキリがありません。 こんなこと、日本ではほぼありえない、これってカナダだから? お金返していただけます? 悔しい!というのが頻繁に起こります。
で、どうやってこの状態から脱するか? お金の問題じゃなくて気持ちの問題なのですが。 ボールペン、ジュースに関してはお店に行って交換してもらう。 テレホンカードは翌日気を取り直して違う時間帯にかけ直す、これでかかります、今度は。 しぶとくないと生活していけません。 コーヒーは自販機の会社に電話してお金を返してもらえるよう交渉する。 2週間くらいして、1ドルコインが便箋にセロテープで張り付けられて郵送されて来ました。牛乳に関しては「ちゃんと定期的にチェックして」と文句を言い、次回からは自分で目を皿にして確認する。 大体、微積分の教科書の答えが間違っていたりする国ですから、統計学だって会計学の教科書だって間違っていても不思議はない(?!) 自分の答えが間違っているかと思って2時間格闘することに比べたらジュースの蓋が開かないくらい何てことはないと自分を納得させる努力を致しました。
でも、しかしこのフラストレーションはちょっと慣れるまではしんどいものです。 「この世の終わりじゃないのだから」 という私の英語の先生の言葉はまさにここで生きていくための知恵です。 交通事故に会うこと、火事に会うことに比べたら大したことではないと自分に説得しているうちにだんだんそう思えてくるから不思議です。 SARSにだって罹らなかったのだから 「何て私はラッキー」 とさえ思えてきます。 この日本人には耐え難いクオリティーの悪さを受け入れることで彼らは残業する必要がなく家族との時間を大切にできるのでしょう。 だからこそ外国人でもここで仕事を見つけられるのでしょう。
このいい加減さは逆から見れば彼らが如何に他人の間違いに対して寛大かということの証明でもあるわけです。 ひょっとして日本以外の国はみんなこのようなものかも知れないのです。 トロント市民の51%がカナダ以外で生まれているということですので、よその国では皆さん適当にのんびりやっていて、カナダに来てものんびりやっているのか、元からのカナダ人ものんびりしていて彼ら同士は何とも思っていなのか。 日本人だけがイライラしているのかもしれないのです。 ともかく これだけ外国人を受け入れるには、細かいことにこだわってはいられません。 私もその外国人の一人ですのでこの寛大さの恩恵にあずかっているといえるわけです。 で、今やすっかりこちらのペースに慣れてしまっています。
銀行で定期預金をするのにさえ予約を取る必要があり、その予約の電話は来週かけるといいながら一週間たってもまだかかってきません。 夏休みですからねー、担当者はきっと家族でキャンプに行って私のことなんか頭にないのでしょう。 ええ、今やもうほとんどカナダ人のペースに慣れましたので待ちますよ、決して怒ってはおりません、私のほうから思い出してもらえるよう電話させていただきます、 お客の私のほうからという心境でおります。 実はここまで書いてきたところで日本の皆様もニュースでご存知の大停電に遭ってしまいました。
どうせカナダではよくあること、しばらくお茶でも飲んで回復を待とうとしていたのですが…回復しません。 夏休みだし、ちょっと陽の高いうちからささやかな贅沢をしてもいいじゃないかという気持ちで図書館近くのパブに行きました。 でも、ビールを飲みながら待っていても目の前のストリートカーは依然止まったままです。 交差点では普通の人がボランティアで交通整理をしています。 停電ですから信号は消えたままです。 車しか交通手段はないわけですから道路は大混雑で警察官だけではとても手が回りません。 こういう時にすぐ行動を起こせるカナダ人に感動しました。 普段は何をさせても対応の遅い彼らですが、この停電のお陰で知らなかった一面を見て心が温かくなりました。 結局、ボランティアで交通整理をしている人たちを何人も見ながら、他の人達と励ましあいながら5時間歩いて自宅に帰りました。足は疲労の極みでしたが気分は幸せで忘れがたい人生の思い出となりました。
カナダで再びFPになろうとしている平沼英子より