2003,06.10
フォスター・ペアレント世田谷の会
第11回総会便り (2003年度世田谷の会総会報告書)
ペアレント世田谷の会 世話人 魚住東洋
"地球は丸い。丸い地球は一つの面しかない。私たちはみんな,同じ面に住む住人なのです" − ある留学生の論文より −
{テーマ} <留学生と語ろう> 「開発援助の大切さについて」
「心と心のつながり,相手への愛こそが援助なのです」 と留学生, 「"援助する側,援助される側","先進国,発展途上国"
という時代ではない。人間の共生のために,みんなが智恵を出して,もろもろの問題の解決策を探りあうときになっている。いまこそ,その時なのです。"」
という鋭い指摘。 ゴールは遠く夢かもしれませんが,夢があるからこそ私たちは努力を続け,語り合い交流を深めたいのです。
1 総会のあらまし
日時: 2003年4月19日 (日) 午後 1時30分より4時20分まで
場所: 三軒茶屋 しゃれなあどホール
テーマ: く留学生と語ろう〉 「開発援助の大切さについて」
参加者: 全出席人数 48人(内訳: 会員29,留学生4,招待者6, 特別参加6, プラン協会3)
司会: 世田谷の会 世話人 多賀慎一郎
「1」 開会の挨拶 世田谷の会 世話人 魚住東洋
「2」 会計報告 同上 河野敏博
「3」 講演 「フォスター・プラン協会の現状」
日本フォスター・プラン協会事務局長 鶴見和雄 氏
昨年5月以降の協会の状況(ペアレント数,運営方針,イベント紹介など)について説明がありました。(紙面の制約から内容省略いたします)
「4」 座談会(発言の内容は要旨のみとします)
【司会】
今日はフォスター・プラン協会とアジアニ十一世紀奨学財団のご紹介で,4人の留学生の方をお呼びしました。アジアニ十一世紀奨学財団
は,日本レンターカグループの創立20周年記念事業として,留学生に奨学金を支給し交流を深めることを目的として始められた財団です。
ご出席の留学生の皆さんは,論文の審査を通り奨学金をうけた経歴のある方たちです。マグ・サイ・ノン・ヌットさん(ミャンマー),
劉啓明さん(中国), モハメド・ハッセン・ジフリ・モハメド・サブリさん(スリランカ),
バスネット・ガネシュ・クマールさん(ネパール,奥さんを同伴)です。
【問題提起】 「援助する側と,援助される側との意識の差について」
事務局長 鶴見和雄 氏
「援助する側,される側」 というのはいい言葉ではないのですが, 私なりの考えを話します。
(日本の NGO の歴史について説明がありました。鶴 見さんから資料として紹介された新聞記事は次のとおりです。
*日本経済新聞 4月13日(日)日曜版,15頁,Sunday Nikkei「スクープ」面,”日本の NGO 意外な実力”の記事の申の NGO の年表など)
私がインドで ODA の仕事として7億ほどの実験設備を大学に納めましたが,完成から3年後にはまったく使われておらず,埃まみれになっていることを知り愕然としました。
これは,納入先である大学の学生側の意向,つまり民意を理解せずに政府間で決められた無償援助であったためです。われわれNGOは,住民との対話を尊重し,彼等の要望を理解しないと適切な援助はできません。今日は留学生の方たちと率直に意見を交換できたらいいなと思っています。
(*以下,座談会での発言は「留学生」「会員」「協会」としてあらわします。)
【留学生A】
援助を本当に必要としている人に,その援助がとどいているかが大事でしょう。
その援助でなにか能力を身につけるような援助が必要です。ODAは援助金の半分も国民にとどいていません。
政治家は日本から援助金を獲得できれば,政治家として能力があると思われるんですね。私はアジア21世紀財団からの援助で勉強できて,
その勉強で自分がなにかできるようになりました。 そういう援助が大変大事です。
【留学生B】
援助する側とされる側を分けて考えるのはおかしいんです。援助される側はいつも「下」というのがみなさんの頭にあるんです。これではうまくいきません。
ミャンマーの小学校生の1人あたりに政府が出すお金は年間で3ドルです。 日本の人はミャンマーというと,知っているのは「ビルマの竪琴」
「アウンサンスーチー」 「軍政」 くらいです。 「ミャンマーとビルマの違いは?」
ときかれるけれど,私にはどうでもいいことです。 「ミャンマーとはどういう国か」
「日本とはどんな係わり合いがあったか」 を考えて欲しいですね。 ”愛してから”
援助をやってほしいんですね。 プランではペアレントはお金を出しても相手が見えないのはいいことです。
しかし援助される側はもらっているだけで, 「送ってきたからもらっている」
というんです。 心と心の絆(きずな)がないんです。 それをつくらない限りNGOもODAもこれから大きな壁にぶつかると思います。
【協会A】
フォスター・プランではペアレントから地域に住む子どもにお手紙などを出して
「愛」 という気持ちを持って子どもたちの成長を応援しています。事務局もペアレントから厳しい眼でアドバイスをいただければと思っています。
【留学生B】
私はプランを非難するつもりはないんですよ・・・(会場 笑い)。 心と心のつながりが大事だといったんです。
【協会B】
日本は豊かだから貧しい国に援助をするんだと思いますか?
【留学生B】
そう感じるんです。 なぜ「開発途上国」というのか不思議なんですよ。 先進国はなぜ豊かなのか。
それは物質なんです。 それを開発途上国に目指せというから問題を起こします。
別の方法を探りたいんですよ。 いまのやりかたでは途上国の人は追いつかないんです。
教育や情報の格差もある。 別の方法があると思います。
【協会B】
それは技術とか,人の能力開発とか,教育とかもありますね。
【留学生B】
クマールさんはチャイルドだったが日本に留学できたのはすばらしいことで,
サクセスストーリーかもしれない。 それは教育を通じてやったことです。教育も技術移転も,その地域に適切なものをおり込まないとダメです。
本当にやりたいことを(援助される側が)見せない限り応援すべきじゃない。
やる気がないのにこれをやれといったら意識の善が大きすぎる。 心と心の絆(きずな)がすごく重要だと思っています。
【会員A】
一般の会社から NGO にはいり,また営利会社に行って物事の裏表が見えるようになりました。先進国がやっている援助というのは「お茶の間援助」です。一般の人々は難民などをテレビデ見て,「寄付を」と言われれば99%の人は出すでしょう。けれども社会資本(水,下水,電気,道路,燃料のなどの供給設備)があまりない地域に対してなにかしてあげようと思っても,どうしていいかわからない。一方,その地域の人たちは祖先伝 来の智恵で立派に生活をしている。その人たちから見ると,開発援助というのは援助をする側がされる側に「高いレベルまで上がっておいで」といっていると思われる態度も多い。でもそいう援助もないよりはあった方がいい。援助のための国際機関もうごいていますが.かゆいところに手がとどいていない。それをうずめるのが
NGO 草の根援助なんです。すべて先進国なみにするというのでなしに,情報を流して,幸せの度合いや地域の秩序,安定をふやそう,そのために必要な資金は援助しよう,方法などの情報も提供しようとしています。ODA
の問題点は説明がなされていないことです。その点 NGO は説明をきちんとしている。規模としては小さくても
NGO とそれを支える人々の存在,そしてその援助を素直に受け入れる人たちの存在があれば,努力を続けることでいい結果が出せるようになります。NGO
はまじめにお金を使っています。開発援助が成功した地域では,村の人たちがしっかりしている。そういう草の根援助が−つでも多くなれば世の中はよくなっていく。多少ギャップがあってもそのギャップを少しでもうめていくという地道な努力を続けることが,NGO
とそれを支える人たちが報われる唯一の道です。
【留学生C】
開発援助は非常にいいことと思います。60億の人がみんな平和でいい生活をして幸福を感じる社会になるならいいけれども,そういう訳にはいきません。地球上にば,ひずんだ経済構造があって,取り残される人たちが貧困に苦しむことが現実に存在します。でも努力して究極の目的にむかっていくことが必要です。そのためには開発援助は非常に大事です。社会資本の整備,生産技術の移転,そして教育です。NGO
は非政府という言葉があるので,中国では政府があまり好まないようです。私はチベットの絶滅寸前の動物の保護連動などに参加していますが,環境が大事です。地域の人たちも苦労しているし,生活状況をよくしたいという気持ちをもつ人々が現れてきています。先程「援助される側がやりたいといわない限り援助すべきでばない」という考えに対しては,私は自立したいと考えている人はもちろんですが,外からのインパクト(動機づけ)がないとそのままの状態でいいと思ったり,どうすればいいのか分からないのが一般的です。そういうインパクトを情報の伝達によって村の人たちに気づかせることが大事と思います。
【留学生D】
スリランカにチャイルドをもつ2人の方と話ができて,すごくうれしく思っています。−人の方はスリランカの言葉までおぼえて手紙をやりとりして,スリランカの文化を知りたいという気持ちには私は感動しました。問題はあっても皆さんがそれぞれ努力をなさっていて,それを続けていけば将来いい世界ができると思います。援助というのば先程「心と心をかよいあわせること」とおっしゃいましたが,私もそう思います。お金とか,物質をあげるだけでなくて,「笑顔(えがお)をみせること」も援助になるんです。今日は,私がうれしかったことをお伝えしました。
【会員B】
援助する側とされる側ではギャップは複雑で大きな課題です。援助する例の末端にいる者(ペアレント)と,援助される側の末端(チャイルド)との間にはあまりにギャップが大きい。援助側が,地域の人の立場に立って地域の人の価値観とか,なにを本当に欲しているかを思い,現地の人のプライドとかを考えているかどうかです。援助する側の政府,行政,NGO
組織の優越意識から自分たちの価値観を押しつけています。援助する側にこそ大きな自己責任があります。プランは
NGO としては優等生と思いますが,果たしてどこまで社会やメディアに訴えているのか,政策提言されていないのではないか?
PR して,ペアレントを増やして,規模を大きくしようという,きれいごとではなくて,貧しい所にはどんな問題があるか,子どもたちはどんな状況にあるか,どうしなければならないかという計画的なことを,メディアや行政に政策提言するのも
NGO の役割と思います。会員をふやして財政的なことにおもねるのではなく,そういう政策提言をしっかりやるべきです。
【協会B】
政策提言を強くやっていかなくてはいけないということにはまったく同感です。活動国(地域)での開発協力ということを通じて社会に還元する役割を担っています。そうすることを積み重ねて政策提言にたどりつくと思いますが,いまのところはそこまではいっていないので,今後どうやって将来の政策提言につなげるかが課題です。引き続き努力をしてまいります。
【留学生B】
ちょっとお聞きしたいのですが,みなさんは,なぜペアレントになったかという理由を説明してほしいのですが・・・
【会員C】
日本は援助大国なのでしょうか?阪神大震災のときにどれだけ多くの国の人たちが日本を援助したかを思うと,「日本は援助大国」などといっていられません。できることを,できる時に,できる方法でやればいいじゃないかと思ってペアレントを始めました。いますぐには無理でも,みんなが仲良く平和になれる時がくるとしたら,みんなができるときに,できる範囲で,できることをやっていけばいいと思っています。
【会員D】
私は「援助しているんじゃない,援助されているんだ」と思っています。私はもともとは貧乏だったといわれていました。それでも一時は豊かになったんです。そうしたら裕福な生活というのは自分に合わないと思ったんです。「うちは豊かですね」と主人にいったら,「月に5000円くらいなら使っていい」といわれた時に,新聞広告を見ました。そのときは”あしなが(足ながおじさん,Jean
W.Websterの小説)”気分で「ああ手紙がもらえる」という軽い気持ちでした。主人と一緒にスリランカへ行って,娘(チャイルド)に会ったら途端に主人がすごく元気になりました。そして主人が「ペアレントをやっていてくれていてありがとう。これは援助しているんじゃない,援助されているんだ」と言ったんです。いまは知り合いも多くなったし,娘たちから「おかあさん,このごろすごく元気だね」と言われます。ペアレントをやっていたおかげなんですね。ですから自分のためにやっている,自分が恩恵をうけていると思っています。
【留学生A】
ペアレントはチャイルドをどういうふうに意識しているのか,手紙や写真を送ってくれてもそれはなんだろうか?チャイルド側は,援助は大事に思っているけれども,ペアレントが日本のだれかとかは関心がないんです。プランのフィールド(地域)の人(ソーシャルワーカー)はエリートなんです。ですから心と心のつながりになっていない。僕は「チャイルドを卒業したらフォスター・プランは終わった」といわれました。文通はもうダメだといわれたんです。援助をしてもらったことだけは残っても,それ以外はなんにもない。プランが大事にしているのは,チャイルドのことよりも,地域開発のことですね。プランの印象はいいんですが,チャイルドになにを残したかは疑問です。プランはこのことをまじめに考えないといけません。「心と心」というけれど,それをどうやってチャイルドに届かせるかです。
【留学生B】
なぜそういう(皆さんがなぜペアレントになったかという)質問をしたかというと,私がこういう経験をしたからです。ミャンマーの実家の近くに帰ったときに,暑くて道端でやすんでいたら,目の前に井戸がありました。一緒にすわっていた農民の人が「お前はどこの者か?」と聞くので,「僕はどこどこのだれです」こたえたら,その人が「この井戸はお前のおじいさんがつくったんだよ」という。僕は感動で鳥肌がたちましてね。「これはすごいな−!」って。僕もなにかをしなければいけないと思いました。地域の人たちが本当に必要としているから僕のおじいさんがつくったんですね。お金があったからとか,有名になろうとかではない。貧困といっても,生きていけないような状況じやない。彼等から見ると援助する側は遠いんです。近く見えてもまだまだ遠い。NGO
も ODA みたいになってきている。それを変えないと大変なことになると思います。
【会員E】
プランは手紙とかでペアレントとチャイルドとの間でフィードバック(気持ちのやりとり)があるのがいいですね。私は病気ですが,生きたことによってフォスター・ペアレント活動を少しでも盛んにしてどこかの国の子どもたちを少しでも長生きさせてやれれば,それなりの価値があると思っています。お金じゃなくて,自分の時間とかいろんなものを使いながら応援させてもらっています。
【会員E】
私のチャイルドは3歳ですから心と心のつながりといっても無理です。どういうふうに,どのくらいの援助がなされているのか,どんな活動がなされているのかがはっきりしません。チャイルドや村の人たちがまわりの状況がわかっていて自分たちの現状でいいというなら,それでいいんですが,わからないままに,生活環境がととのわないででいるのは不公平です。チャイルドは何歳という規定はないのか,チャイルドの指定はどういうふうになされているのでしょうか?
【司会】
この件は立食パーティのときに事務局に答えていただきましょう。時間もだいぶたってきましたので,これだけは言っておきたいということがありましたらどうぞ。
【会員F】
援助する,されるという先程の討論に非常に興味がありましたので一言お話を致したいと思います。私はもともとコミュニティカウンセリングというものを勉強して1970年後半から1980年前半まで東南アジアで農村開発の仕事をしてまいりました。また日本の農村でも地域興しをお手伝いしております。先程の援助する側,される側という議論ですが,私が東南アジアからある挫折感を持って帰ってきて,留学生の言うことを聞くとそういう問題を中心にふくんでいました。私が若いころに見た東南アジアと今度行って見た東南アジアでは15年のギャップがあって,その間にインドネシア,フィヤピンの発展はすざましいものがあります。けれども,そこで見た農村は,近代化したけれども,精神的にはまったく疲弊(ひへい)した農村だったのです。教育はレベルアップしても教育を受ければ受けるほど,人は都市に出ていってしまう。コミュニティオーガナイザーはいくら頑張っても人々はついてこない。まさに教育のジレンマです。そして農村をはなれて都市にいった人たちはスラムに住みつくというように,精神の荒廃です。では日本の農村はというと,東南アジアとまったくおなじことが進行していて大きな病理を抱えています。東南アジアで起こっていることば日本でも起こっているんだから,この問題はおなじ地平線上で考えるべきものと思っています。援助する側.される側という二律背反的な考えの時代ではなくなっている。お互いにこういう間彦をどういうふうにシェア(お互いに共有)していくかという発想をもたないと生きていけない。援助する側,される側という
ODA や NGO のあり方ではなしに,いかにシェアする(人類の問題を共有し一緒に解決に努力する)かという考えです。インドネシアの地方公務員と日本の地方公務員とを話をさせると,でてくる問題はほとんど共通です。現場にいけばいくほどシェアする(共有する)問題はたくさんあります。私たちは日本人としてそういう問題を受け止めていけば,援助する側,される側という二律背反的なことも解消されていくと思っております。今日の討論をうかがって私も考えが整理できて有難いと思っております。
【司会】
どうも有難うございました。なかなか手をあげて発言できなかった方は,立食パーティのなかで皆さんでお話をなさって頂きたいとおもいます。
(文責 魚住)
**<座談会を終わって>**
村の人のために井戸をつくったおじいさん。「この井戸はお前のおじいさんがつくったんだよ。」と孫の若者におしえてくれた村の人。「僕もなにかをやらなくちゃ」と行動をおこしたその若者。−−−すばらしい文化があるんだ!−−− と感動しました。
”援助する側,される側の意識の差はなに?”という,討議をするにはだいぶ難しいテーマでしたが,留学生,ペアレント,ご招待の方々,協会の方たちの熱心な討論は,ときには胸に刺さり,また,ときには眼をさまさせられるようでした。かなり本音の議論ができたとおもいます.「もっともっと時間がほしい,1日中でも話し合いたい」そんな気持ちでした。どうも有難うございました。
(立食パーティ)
総会案内にあるように,「今年は内容をすこしグレードアップ」。 ワイン,ビール,つまみで,座談会のあとの開放感もあって,お酒もつまみもきれいにおわって,世話人たちもほっとしました。留学生の方たちをまじえて,にぎやかな歓談のひとときでした。
2 会計報告 単位: 円 (通信用の切手も金額換算し算入してあります)
日 付 収 入 支 出 繰 越
H14年5月3日 163,410
現金 85,172
切手 78,238
H14年5月4日 120,607 152,308 131,709
現金 86,373 現金 89,596 現金 81,949
H15年6月15 切手 34,234 切手 62,712 切手 49,760
(主な支出)
現金: 会場使用料金 13,500 郵送費 留学生向け 23,670
マイク・テープデッキ 2,600 交通費
文具,コピー 15,025 謝礼 3,255
立食パーティ材料 29,046 傷害保険料 2,500
切手: H14.報告書 9,600 切手現金化
24,932
H15.総会案内 17,300 使用済みテレカ送付 480
H15,報告書 10,400 (ゆうばっく)
3 使用済みテレフォン カード類
使用済みテレフォン カード,JRカード類 529枚
2003,5.26 (財)家族計画国際協力財団(ジョイセフ,〒162−0843 新宿区市ヶ谷田町1-10 保健会館新館,TEL
03−3268−5875)に提供し,途上国の保健衛生活動の資金集めの一助としました。なお,世田谷の会の閉会に伴い,今後は上記財馴こ直接ご送付ねがいます。
〔おわりに〕
「開発援助の大切さについて」を主題とし,「援助する側と援助される側の意識の差は何か?」を副題として,留学生の方たちをまじえて話し合いました。なかなか扱いにくいテーマで,私もこのテーマの設定をためらったのですが,留学生,ペアレント,ご招待した方々,協会の方々が,それぞれに本意を述べていただいて大きな収穫がありました。地球上の問題の解決に向かって,それがどんなに遠い夢であっても,その夢があるからこそみんなが交流し,一緒に話し合い,議論し,そして,おたがいに感動をわかちあうのだとおもいます。どうも有難うございました.
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